ソラ画像

2026年2月2日(月)

綾部市7百石町 平山城跡 畦状が13本+1本

 

 

※この記事は会員用です。読者の方のホームページでも引用等はしないでください。

 

1990年の京都府遺跡調査報告書の平山城、
https://www.kyotofu-maibun.or.jp/data/kankou/kankou-pdf/hou...
より

思ってもいない言葉が出てきて驚きましたが、先日の不思議な言葉とつながりました。
1月20日と27日の2)のビジョンと関係しているようで、このような土手になる前に、イシジンたちが動いて作ったということを知らせています。
https://sora.ishikami.jp/image_dir2/index.php?id=2026012118...
人間が小さいです。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20140814150...
先日、突然サナンダと名乗り,「シガにいた」と言葉になり、意味が分からなかったのですが、7百石町は志賀町に近いです。
14本の畝はイスキリ=イエスの弟子は13人(バーソロミューが加わることで)で大きな畦はイスキリをあらわしている。
キリスト教関係が出てきて、先日のお知らせでサナンダという名前が出てきていますが、そのことでこれまで知らせてくれたことがつながって行きました。
到底信じられないでしょうが、これも早くからソラから知らされてきたことで、私も思いもよたないことですが、現実に残されている地名などつながります。
*)ソラのイエス物語
https://sora.ishikami.jp/stories/yes.html
ここではイエスは日本に来てからは、イスキリと名乗っていますが、イシキリ=石切りでもあり、石切神社もあります。
今では石になっていますが、かっては柔らかかったイシカミで、簡単に切れたようです。
https://sora.ishikami.jp/stories/ishijin.html
*)ソラからのキリスト教まとめ。
https://sora.ishikami.jp/letter/index.php?id=20250222145225
とても多いですが、忘れていることも多く、つながっていきます。
*)13の意味。
1月13日の夜、どうしても眠れなくネットを開いて出てきたこと(プライバシーに関わるので公開できませんが)が、”13”という数字の複数のシンクロに驚きました。
13という数字は西欧では忌み嫌われる数字だそうですが、、)
 イエスがたどり着いたという青森の十三湊など 「13」 の意味は、イエスの弟子12人にバーソロミューを加えた13人をあらわしていると。
青森にはイエスの墓の謂れや、言葉や風習がユダヤと似ていると。
十三 =(大坂のジュウソウ) は、イエスがイスキリとして住んでいた。
13重の塔、十三湖などたくさん見られます。


2026年1月21日(水)

綾部市豊里町の土坑群。

 

https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20140814144...
で紹介していますが、、。
お墓と紹介されていますが、大切な稲を植える数少ない大切な平地を、墓地にするでしょうか?
以前見た”由良川散歩道?”とかいうサイトでは、土坑に中に人が入っている深いのもあったと思うのですが、これは割と浅いようです。
この他京都府の遺跡調査では、近くにこのような土坑群があるようで、多くのツチジンが生まれていたようです。
穴は建物の柱の跡もあるかもしれませんが、あまりにもランダムに土坑に中に人が入っている深いのもあったと思うのですが、これは割と浅いようです。
この他京都府の遺跡調査では、近くにこのような土坑群があるようで、
穴は建物の柱の跡もあるかもしれませんが、あまりにもランダムに開けられていると思われますので、土坑として多くのツチジンが生まれていたともいえると思います。
土坑郡
舞鶴市志高遺跡
https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/0000005245.html
丹後町大山墳墓群
福知山市石本遺跡ランダムな穴
https://www.kyotofu-maibun.or.jp/data/kankou/kankou-pdf/hou...
三河宮の下遺跡ランダムな穴 大江町
城陽市久世芝の原遺跡


2026年1月21日(水)

進む道を知らせる木?

 

綾部資料館の後ろは古墳になっているようで、そこの木で気になりました。
進む道が二つに分かれ、右側はアトたちが思いを持っている事を認めて進むと無難な道に進めると。
左側は、いろいろな思いを進む道があるが、細い蔓で巻き付かれてヘビ座に支配されて進む道もあるということのようです。
バックい極太の木があるのは珍しいですが、宇宙、ソラのモノたちが見ている?ということのようです。


2026年1月19日(月)

綾部市久田山古墳群2号墳

 


2026年1月18日(日)

綾部市久田山古墳群8号墳

 

綾部資料館で買った2012年「あやべの横穴式石室」の冊子からです。
折角の冊子にクレームをつけたくないのですが、この巨大な古墳の紹介の仕方って、とても不満があります。
まずどこの古墳かさかのぼらないとわからないこと、地名すら書いてないこと、ひたすら綾部教育委員会の名前ばかり出てきます。
これだけ巨大な古墳の画像が、これだけ小さく、ましてや切り貼りの画像で想像するようにという書き方です。
このように石室内に入っているのに、全体の画像、全く他の画像がなく、石室のイメージができません。
小さな石を重ねたのはミナノコのイシカミたちで、それでもとても大きな石室がしっかりと、このように綾部市にあるのに
地図上でもどこにあるかわかりにくいのです。
遺物に重点を置かれているようですが、この石室を創った存在が置いたか、それともその後にあらわれた存在が置いたかわからないと思うのです。
由良川沿いには1000個からの古墳があるそうですが、あまりに無視されています。
最も小さな冊子にでも綾部氏はまとめて下さっていますが、三田市にもたくさんの古墳があったというのは、巨石の石垣の民家がとても多いということでわかりますが、遺跡の冊子にすらされていないですし、遺物の埋蔵文化財の資料館すらなく、倉庫においてあるそうです。
両市とも九鬼家が治めていました。

そして石室はお墓と決めつけていますが、骨は出てきませんし、もし出てきても後年に死者を弔うために置いたかもしれません。
まずなぜこのような巨大な石室が存在するのか?
小さな石で作られた意味。
人間では扱えない巨石で作られている意味など、原点に戻って考えてほしいと思います。