ソラ画像

2021年11月25日(木)

天理市 黒塚古墳 3角縁神獣鏡とその鋳型

 

いつも銅鏡は凸部しか見ていませんでしたが、鋳型を見て土坑や、堀のようにも見えます。
又、以前から銅鏡はいろいろなモノに具現化することを教えている教科書的な遺物と知らされていますが、
凸部は古墳でそこからいろいろなモノ(4獣神など)に具現化するようにと知らせているようで、
古墳の周りに葺石や埴輪などが存在するのも、銅鏡で教えたようです。
いずれもカラから来たリュージンなど意識体が、遅れて降りてきたイシカミを支配し、争いの強いモノを生み出し、その前から住んでいた縄文人を滅ぼしたようです。
ちなみに4獣神は、青龍・朱雀・白虎・玄武で、青龍は竜神そのもの、朱雀は大鷲座でハゲワシ、白虎はキトラ、玄武はカメですが、その後ワニになり、より極悪となった?

今日のニュース
*)丘の上に「ポツンと一軒」、なぜ? 古墳時代の竪穴建物跡発見 松江
https://mainichi.jp/articles/20211125/k00/00m/040/115000c


2021年11月25日(木)

天理市 黒塚古墳 副葬された品々

 

Y字型は先日から知らされているのとシンクロです。
半円のは意味がわかりません。


2021年11月25日(木)

天理市 黒塚古墳 2

 

堅穴式石室は長さ8.3m、幅0.9m~1,3m、高さは1,7m

古墳の頂上部は、長い石室が覆われていますが、内部はこのように赤く塗られ、手前に銅鏡が配置してあったようです。
石室の上んp三角の石組は、戦闘的なことをあらわし、長い羨道の手前の方に銅鏡が置いてあるのは、ここの特徴のようです。
石室の中で、イシジンなり、ツチジンが創られ、周りの石の原子たちがいろいろな基本的な知恵を教えて。具現化したようです。
更に長い羨道で、3角縁神獣鏡=戦闘的で争いの獣に支配されたイシジンやツチジン=弥生人?を創り出したようです。
赤い石は、ストーンサークルで血液の通った人間になるようにと、知らせたようです。


2021年11月25日(木)

天理市 黒塚古墳 1 

 

黒塚古墳は3角縁神獣鏡が33面も出たというので、あまり行きたくなかったのですが、リュウオウ山の近くだったので寄ってみました。
行く前から膝が痛くなり、この坂を上るのがとても苦痛で、青紫の大きなエネルギー体が何枚も映り、削除して
海へビ座とプレアデスを宣言することで、サインも治まりました。


2021年11月21日(日)

天理市 リュウオウ山古墳群1と画像集(龍王山、りゅうおう山)

 

天理市のリュウオウ山古墳群は以前に一度行ったのですが、あまりわからなくて重要視していませんでしたが、
(https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20160321215...
2016年に行っていました)
山全体が古墳で、確認されているだけで300個(600?)の古墳があるそうで、三田市の山の上の沢山の土坑に驚き、つながるので行ってきました。
山道を1時間近く歩いていると、笹の根がループになっていて、引っかかると危ないと思った地点で、紫の今時珍しいツツジが咲いていて、その奥にあり、珍しく縦に並んだミナノコたちをあらわしていました。
その後、さらに山道を歩いて行き、隣の山頂が見えたのでデジカメで写すと、巨大な青紫の丸みを帯びたオーブが、何度写しても出てきて、紫の花と青紫で海へビ座としし座がこの山を支配していることがわかり、画像を削除して宣言していました。
・・・・
これまでに実家の土間にあった土坑らしき穴のことで、思ってもいないことを知らされ、その後周りに点在する”横井戸”と呼んでいた横穴が気になっていました。
貴重な一年に一度しか獲れない食料を、食料が乏しかった昔に、芋を保存するには、あまりにも家から離れている場所にあるのが不思議でした。
ソラからの情報では、
「いて座から降りてきたイシカミの思いを持った原子が、動けるモノになりたい原子たちが結集して、ツチジンやイシジンとして発生した、
そしてそれらがストーンサークルの中で、記憶を持った原子が、人間として生まれ変わってきたという、驚きのことを知らせてきたことを裏付ける証拠にもなると思っていました。

これまで石室のある古墳はどれだけ巨大であろうが、全てお墓として決めつけられたその理由はこれまで何度も書いてきましたが、あまりにも無理があり過ぎました。
それに対して三田市の山の上に、人間生活をしていたと思われるたくさんの土坑があるのを知りました。
https://15726469.at.webry.info/201611/article_8.html
https://15726469.at.webry.info/201604/article_9.html
山の上の沢山の土坑や石室などがあることを、リュウオウ山は知らせてくれていましたので、後程それらをまとめてもらおうと思っています。
同行者の画像がまだで、製作途中ですが、、、。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/special/nara_tenri/

今の人間の肉体では到底暮らせない山の上は、鳥イシジンとして羽で移動していたと思われるのは、かってはそのような天使や天狗などが現実に存在していたということは、これまでの遺跡巡りで、それは沢山知らされています。
鳥イシジンでソラの検索すれば、世界中で出てきます。
特に荒涼としたオークニー島やシェットランド島の遺跡もその一つで、忘れられない遺跡です。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20130802230...
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20130829195...
見直してみると、当時は気づかなかったけど、結構土坑のような竪穴があるようです。

*)丘の上に「ポツンと一軒」、なぜ? 古墳時代の竪穴建物跡発見 松江
https://mainichi.jp/articles/20211125/k00/00m/040/115000c