2025年5月7日(水)
今田温泉の巨石
同行者より
篠山市の今田温泉に来てくださいということで、遺跡巡りの帰りに寄ってきましたが、GWでもありこれまで見たことのない人の多さで、出る頃には入場制限がかかっていました。
巨石の多い温泉ですが、道ばたの岩のすぐそばに、ユリの枯れたのが立っていて、風もあまり吹いていないのに激しく揺れて何か訴えていました。
浴室の中の横向きの巨石が顔に見え、「仕事をしたので休んでいます。(石は)仲間でした」
と、イシジンの一部だったようでした。
篠山市の山の中の今田温泉のある和田寺山には和田寺(わでんじ)があるそうですが、名前の呼び方から“倭の国のことを伝える”ということで、篠山はもちろん加東市や加西市など思っていた以上に倭の国は大きかったと思われます。
寺には千手観世音菩薩や、温泉には薬師如来があり、完全に仏教に封印されているようです。
播磨国は古墳がとても多いようですが、噂ではインド出身で推古天皇の頃に牛頭と共に日本へ渡ってきたとされる法道仙人に支配されたようで、古法華石仏(ふるぼっけ)は日本最古の石仏と言われているそうです。
道中、同行者にきついサインがあった近くには、巨大な無量壽寺があり、仏教の支配が強いのがよくわかります。
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2025年5月6日(火)
兵庫県立播磨中央公園 下の山古墳1号墳
同行者より。
播磨地方のイシカミ巡りをしてきましたが、ミナノコたちが頑張って創ってくれたようです。
入り口はとても小さいので入るに大変ですが、天井はたっかう入ると6、7人は入れる大きさだそうです。
羨道の入り口の土を排除してもらえると、せっかく創られた立派な内部がよくわかり多くの方に見てもらえるのにと、先日から訪れている愛媛などの古墳と同じことを感じています。
見た目はかわいい古墳ですが、大きな木が雄しべの多い白い花の満開でした。
2025年5月6日(火)
イシジン誕生3
以下読者がわかりやすく描いてくださいました。
イシジンの文明は、アトランティス文明で、中東からヨーロッパに広がっていて、その証拠を残しています。
初期の劇場型などは一つの岩の塊(イシカミの親)でできていますが、ローマ時代に有名ないろいろな建物など、文明は最高に発展していきます。
イシジンは親のイシカミと会話ができたり、想像を絶する巨大な巨人や、到底人間ではできない石の建造物などは、柔らかかったのでイシジンと一体化することができ2000年も剝がれることなく尖塔の上にイシジンが立つことができるのです。
いて座とシリウスの合同作品というのを、半円と長方形の形で表しています。
巨大な劇場型はヨーロッパの各地で見られますが、最初は一枚岩を変化させたイス状で、次第に個別に分かれたイス状になっていきます。
とても大きく、巨大なマイクがなければ人間が座っても中央の声はとても聴きとれません。
これは生まれてきたツチジンやイシジンが集まる場所で、彼らは耳では無く違う伝達方法テレパシーで、これから生きていくのに必要なことを、教えられたと伝えてきました。
舞台に当たるところには、どこでも石柱が立っているのは、イシジンの変形でもあり、実際には移動できる巨人が指導したようです。
2025年5月6日(火)
イシジン誕生2
読者より それでペルシャやヨーロッパでは石の人や建物が多くなったのですが、石になるにはエネルギーがたくさんいるので、巨大化していきました。
イシジンの文明はアトランティスで、全ての希望が叶うほどになったが、それをねたんでヘビ座が、イシジンを固めることにしたので、その文明を後世に残すために人間を創ることにしたのです。
そして念願の全てを実現したアトランティス文明は、イタリアを靴の形にして、前に進むようにと、文明の一部を残して海中へと沈没して行ったのです。
2025年5月6日(火)
イシジン誕生1
読者よりイシジンの誕生をわかりやすく描いてくださいました。
いて座から降りてきた思いを持った原子たちは、シリウスの指導の元に、同じ思いを持ったモノ同士が結束して、長方形などの形で具現化しました。
最初にいて座より降りてきたイシカミは、ツチジンとして具現化しましたが、土に戻ると自分たちの存在が忘れ去られるので、しっかりと固まった石で残そうと、日本より西に向かって馬(=いて座)で連絡をしました。