2021年4月26日(月)
墓碑 2
入母屋の家で分家の上にある柏原家に、叔母が嫁いだけれどいじめられて井戸で入水自殺したと
子供の頃聞かされていました。
驚いたことに入母屋の家なのに、初代が昭和17年没と記録されていました。
叔母は”志か”=”志に力”という名前で哀れに思え、戒名は”鹿苑妙受”ということで、その意味驚きました。
三角山奥の鹿の死
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20210317231...
【20021年4月29日追記】
なぜ志カおばさんは30歳で亡くなったか?
イシキが降りてきて「騙された・・・」と思わぬことを伝えて来ました。
婿養子に入ってきて、その親が入り込んでいじめられたと詳しく言葉になって、さらに
その長男のイシキも降りてきて、お墓に桜を植えて守りをしていたが、いじめられて家を追い出されたとも。
なぜわざわざ初代と書いてあるのか、意味が通じるようでした。
父が亡くなって柏原家の株内の様子も伝えて来ました。
2021年4月26日(月)
墓碑 1
今回お墓の記録を見てきて改めて知らせてきたことが本当と思いました。
白木家を除いた家は全てと言っていいくらい、墓碑に書かれているのが、とても新しい年号ばかりで、特に昭和10年代というもあり驚きました。
追い出されたと伝えられた叔父と同じ名前の青い瓦の家の墓碑には、初代は昭和19年でした。
白木家の分家として、父が信頼していた家のお墓は、天保13年と記録されています。
ちなみに他の白木家の墓碑は大正や昭和が始まりで、これまで知らされている複雑な事とつながっている(本来の白木家とは余り関係ない?)と思えました。
2021年4月26日(月)
壊された石碑 3
近くにあった石片は、石碑と似た感じです。
傍には一組の名前だけ書いた石碑がありますが、父が亡くなった途端、白木家が使っていた横穴が村のモノだと主張しだした一軒だけの苗字(山尾)で、監視するためにお堂の横の家に送り込まれたと知らされていた子供のいない夫婦のお墓のようです。
2021年4月26日(月)
壊された石碑 2【2021年4月29日追記】
完全な放置状態で身寄りがないようでしたが、思わぬことを伝えて来ました。
【2021年4月29日追記】
読者より、年代が文化8年と書かれていると知らせてくれました。
チャネリングではこれが星原へ来たユダヤ人の墓石と言葉になりますが、江戸時代なので入国はできなかったので???でした。
事件をごまかすために年代を古く書いたと言葉になります。
ちなみに隣のお墓は、父が亡くなったら急に横穴は村のモノだと言い出した、一軒だけの苗字で子供のない夫婦のようでした。
なぜ、突然、長く使っていた横穴を村のモノだと言い出したかというと、ソラから伝えられたことは
”上(政府?)から白木家を監視し、横穴の謂れを消すようにと派遣された”
ので、身寄りのない夫婦だと。
2021年4月26日(月)
壊された石碑 1
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20210418143...
のビジョンが見え、裏山にあるから行ってほしいと言葉になり、出かけてきました。
とても無理でないかと思ったのですが、ビジョンがはっきりしていたのと、以前イスキリのお墓が生駒山にあるということを知らられていたのが、本当にあったので、もしかしたらと思っていました。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20210418143...
これが知らせた石碑の一部と。
ビジョンで見た石碑と色がとても似ていたけどもっと大きかったですが、明らかに切れ目が入っていて、切断しようとした跡があります。