ソラ画像

2020年4月25日(土)

旧実家のお墓から

 

向かいに君山(城山)と向かい合っています。
小さな谷の村なのに、なぜ星原というのか、子供の頃から不思議でしたが、チャネリングが始まって知らされたことで納得できました。
昔の倭の国のころは、大平原であったが、いて座から次々と降りてきたために山が多くなったということでした。
こちらの方が低い山ですが、早くに降りたいて座の王と伝えられています。
星の宮神社の前の道を曲がると、ここに桜の大木があり、とても目立っていましたが、父が亡くなると同時に枯れました。
老木のサルスベリは、分家の跡取りが変わってから、木の葉が落ちるからと文句を言われるので切ったと、普段は穏やかな兄が言っていました。
隣には、白椿の老木があり同じく切られていましたが、今年は一輪咲いて迎えてくれました。


2020年4月25日(土)

実家の横井戸跡5

 

↓の反対方向から。
この道は手間を右に行くと、実家の私道で、裏山全体が実家のであったことがわかります。
その左は地蔵堂に続きますが、その途中にもう一つの横井戸があります。
手前で三叉路になっていますが、そこに子供の頃いつだったか忘れましたが、年に一度、食べ物をお供えしていた記憶があります。
そして思ってもいなかったことをソラは伝えて来ました。
横井戸にホシノベの子供が物部氏にかくまわれていたことを、伝えるために続けていたということです。
雪のある時の画像は、どうしてもこの日に行ってほしいと言葉になって、穏やかな日だったので思い切って連れて来てもらいました。
そして驚いたことに、この日は先祖の一人の文造さんが29歳で亡くなった命日でした。
早くに亡くなったのは、人間として生まれてきたが、あまりにも理不尽なことが多かったからということでした。


2020年4月25日(土)

実家の横井戸4

 

働き者の亡き兄は家の田畑を守るために、本当によく働いて畑はよく手入れされていました。イノシシから守るために囲いを作って作物を作っていました。
生垣の向かいが、横井戸の跡でした。
横井戸の前に一軒だけのS家の墓でした。
なぜこんなところにポツンとあるのか子供心に不思議でしたが、横井戸を封印するためと、ソラから知らされて納得できました。


2020年4月25日(土)

実家の横井戸跡3

 

寺の下の家の墓の石垣にされてしまいました。
これでホシノミナ(ホシノベ)の証拠を、プレアの仏教に支配された人によって完全に消されたと思いました。
ヤマトからの使者と伝えてきたこの家やK家の墓のある斜面は、大きく崩れていることを知らせる石垣でもあります。


2020年4月25日(土)

実家の横井戸2

 

大きな仕事をしてくれた横井戸も認められないことで、原子たちは手を放して平地になってしまいました。
長い間ご苦労様でした。