ソラ画像

2007年1月7日(日)

ペトラへ向かう

 

かわいいクラゲのような岩が出迎えてくれます。
親元から分かれたイシカミの分身のようです。


2007年1月7日(日)

ヨルダン川支流?

 

少し北へ行くと雪が降っている12月30日に水浴をしていたのは、このようにヨハネは水浴をしていて、通りがかったイエスも一緒になり、水をかけただけで洗礼という儀式を生み出したことを知らせたそうです。
ほとんど岩山の砂漠地帯は、川の水はとても貴重で、水浴に利用したようです。


2007年1月7日(日)

【2015年2月10日追記】自然石と石積みの建物(カラク城)

 

外の城壁も下部が自然石で、このように内部も自然石と石積みを組み合わせた建物です。
石と人工のレンガは、漆喰では接合できないそうです。
(グレートジンバブエがやはり自然石と日干し煉瓦で出来ていたが、漆喰では引っ付かないことを証明していると伝えられている)
石とレンガ?が見事に接続しているのが、イシカミの体が変化したことをあらわしています。

そしてこのお城は半分は土の中にあり、屋上は普通の土地になっていて、所々に煙突のような穴が開いているのは、羽根のあるイシジンがで入りしていたようです。

カラクでモアブ文字で書かれた碑文の断片が見つかっています。
モアブ人はダビデの祖母ルツの出身地でもあり、ユダヤ人の先祖はこことも関係があると思います。

【2015年2月10日追記】
ヨルダンのパイロットがイスラム国に捕まった時、下半身裸だったのも自然の体で、シリウス関係が人間の肉体の股関節や臓器など創ったのだと知らせているようでした。
とても悲惨な最期ですが、思っているより早くにイシキは肉体から離れて上から見ていたでしょう。
最近涙が出てきて目じりがただれていましたが、今日ようやく
「そうです。そのことを知らせたかったのです」と言葉になりその後、涙は止まりました。
ヨルダンもぺトラの様な立派なイシカミの作品がありながら、それが意識を持って気づいてくれるのを待っているのに、無視をしていたので「ヨル・ダン=夜に団らんができる」平和が無くなったようです。


2007年1月7日(日)

カラク城(アンマン)

 

小山の上にありますが、半地下の城で屋根の上が土になっている部分もあります。
アーチの形があちこちでみられ、石を積み上げて造られていますが、半地下の小部屋が並んでいます。


2007年1月7日(日)

ネボ山の遺跡の土器

 

ここの土器もやはり底が丸く、人間が水やミルクを汲むために作ったのではないことがわかります。
他所(ローマなど)のイシジンが頭に被っていたお汁の入れ物を残して壷にしていたので、ここのイシカミのニウたちが真似て作っただけだそうです。
ここではイシジンも人間も創らなかったようで、ローマなどから天使が飛んできて教えた?ようです。