ソラ画像

2026年1月18日(日)

何鹿郡(イカルガグン)綾部市久田山古墳群

 

子供頃は住所は何鹿郡(イカルガグン)と書いていたのがいつの間にか、綾部市になっていたのをかすかに覚えていました。
そしてなぜ奈良がイカルガと呼ぶのか不思議でした。
又修学旅行で、正倉院のそばで、変わった木の壁の風景をしっかりと覚えていたのも不思議でしたが、その後ソラから知らされた
事で、何か納得しました。
何鹿という悲しい意味や、正倉院の宝物は、倭の国から全てヤマトが持ち去ったということも、ソラから知らせてきました。
https://sora.ishikami.jp/stories/yamataikoku.html
後半の”倭の国篇”に紹介しています。
書いているとメールが来て左顎関節に,6,7回のサインあり。
*)綾部市久田山古墳群、を知らせてくれました。
http://obito1.web.fc2.com/ayabehisadayama.html
・・2019年にこの古墳に行かれた人のブログを見ると、草木に覆われてしまっていてほとんど見えなくなってしまっているとのこと、とても悲しく思いました。
小さな墳丘も沢山あるようで、草を刈ったり手入れをしてくださったら古墳もよく見えて、立派な石室も上記の写真の状態で残っていて見ることができるのにと思いました。・・
*)○物部町 石塚群集古墳
https://kofuntokaare.main.jp/3goufun/page938.html
本当に綾部で古墳はほとんど保護されることなく見ることはできません。


2026年1月16日(金)

綾部市多田町キツネ塚古墳2

 

綾部資料館で買った2012年「あやべの横穴式石室」の冊子からです。
今では土嚢で隠されている?
このような貴重な古墳なのにネットでも地図でもどこかわかりません。
天井も3m近くあるのでないでしょうか?
ナガスネヒコのような長身のイシジンがいたのでしょう?
それをあらわしているのが、平山城の土手のようです。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20140814150...
巨人がいたというのは、立山を創ったイシジンが見てほしいと言ってきた手形でも知らせています。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20070505112...


2026年1月16日(金)

綾部市多田町キツネ塚古墳1

 

綾部資料館で買った2012年「あやべの横穴式石室」の冊子からです。
1998年にこれほどのモノがあるとされているのに、地図にもネットにも全く表に出てこないのはとても不思議です。
ミナノコたちが頑張って作ってくれたのは、小さな石を組んでいるからですが、今までよく形を保ってくれていたと思います。
やはり倭の国は権力者がいなく、多田という名前の通り、早くから田を創ってくれていたようですが、大和が攻めてきて支配下に置かれたので、古墳も隠くされていたのでしょう。
土錘がたくさんありますが、最近ビジョンで何度も出てくる模様と似ています。
これほど多くの土錘があるのは、多くのツチジンが生まれていたということを知らせている?
*)豊里町の三宅遺跡では520個の土坑群があり、ツチジンが生まれたようです。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20140814144...
多田町というのは、私の母校の吉美小学校の近くにあり、同級生も何人もいましたが、そのうちの一人に鼻に横一文字の痣があり、その後悲しいその意味を知らせてきました。
https://sora.ishikami.jp/jiten/index.php?id=20010621215500
ヤマタイコク物語
https://sora.ishikami.jp/stories/yamataikoku.html


2026年1月15日(木)

綾部市私市丸山古墳4、綾部市平山城跡追記

 

2014年綾部資料館
周りの人に比べて、異常に長い窪みです。

綾部市平山城跡について、追加しました。
https://sora.ishikami.jp/image_dir/index.php?id=20140814150...


2026年1月15日(木)

綾部市私市丸山古墳3 鎧と兜

 

2014年綾部資料館
長い窪みに比べて、あまりに小さな鎧と兜のようです。
細長いモノが並んでいますが、最近ビジョンで見る模様ととても似ています。