ソラ画像

2021年4月4日(日)

三田市 クラ(マ)ノ神社6 ミナノコの木

 

一目瞭然です。


2021年4月4日(日)

三田市 クラ(マ)ノ神社5

 

石段の横に中の石が並べて埋め込んであるのも、ミナノコが石になったことを知らせているようです。
参道は桜がきれいで、遠くの羽束山の子供たちとも知らされていますが、さらに詳しくいろいろと言葉になっていました。
https://sora.ishikami.jp/image_earth/index.php?id=202104022...
横切る武庫川の桜並木も見事です。
https://sora.ishikami.jp/image_earth/index.php?id=202104032...


2021年4月4日(日)

三田市 クラ(マ)ノ神社4

 

わかりにくいですが、一つは特に小さいですが、3つの石が並んでいます。
小さな手水鉢は、この小山はミナノコの小さなイシカミが、小さなイシジンを創ったようです。
この日の夜、
「相合傘の仲でした」
と御霊神社とクラの神社のイシカミは並んでいると思っていましたが、思わぬ言葉でした。
三田市もかっての広大な倭の国(丹波地方を含む)の一部であり、ムウラの死をいたみ、椿で知らせているようです。
倭の国は皆平等ということで、大きな古墳はなく、小さな古墳がたくさんあったようです。


2021年4月4日(日)

三田市 クラ(マ)ノ神社3

 

椿の落下したところから降りた所から


2021年4月4日(日)

三田市 クラ(マ)ノ神社2

 

ちなみにクマの神社と言われることをとても嫌がっていますので、クラノ神社と呼んでいます。
椿の落花した横は舗装された道路ですが、一部このように陥没しているのは、石室か何かあったのを取り除いた跡でないかと思いましたが、そうですと。
その他テラスなどもあり、小山全体が古墳だったんでないかなと。